飼育員ブログブログ

2024年5月2日(木)【論文】鶏の屠体給餌をしながら、鶏の福祉について解説をしたら、ジャガーのファンは、鶏の飼育環境に関心を示し、鶏のために【良い】鶏卵を買ってくれるようになるのかって話

京都市動物園で行った教育活動が、新たに論文になったので、
紹介させていただきます。

話は3年前に遡りますが、
ジャガーの採食エンリッチメントの一環として、
鶏の屠体を用いた給餌給餌プログラムを実施していました。

屠体給餌とは、
屠殺した大型動物等を毛皮や骨などが付いたほぼそのままの状態で
飼育動物に与える給餌方法(伴ら, 2021)のことで、
その動物本来の採食行動の発現や採食時間の延長を行うことができます(御田, 2021)。

この様子はYoutube展示の両方で、来園者の皆さんにご覧いただき、
いつもと違うジャガーの採食風景をご覧いただくことができました。

さて、この給餌プログラムの最中に、当園では下の掲示物のような
「産卵鶏の福祉」に関する啓発活動を行っていました。

実は【平飼い】といった鶏の飼育環境に配慮がある鶏卵は、
そうでない鶏卵に比べて、若干高くなります(Katoら, 2022)。
そのため、日本で産卵鶏の飼育環境をよくするためには、
消費者である我々の理解(若干高くてもそういう卵を選択して買う)がとても重要です。

このプログラムの中では、
「皆さんが関心を向けるジャガーの飼育環境のように、
 鶏の飼育環境を良くするために、
 【平飼い】などの鶏の飼育環境に配慮した鶏卵を買ってみませんか?」
という提案をさせていただきました。
その結果をアンケート調査を通じて、教育効果のほどを調べてみました。

比較をしてみたのは、入園した直後の来園者と屠体給餌に参加した来園者です。
すると、屠体給餌プログラムの参加者は、入園直後の来園者に比べ、
「動物福祉」や「環境エンリッチメント」といった、
動物の飼育環境への関心が高い可能性が考えられました。

一方で、この時の屠体給餌プログラムの参加者は入園直後の来園者と比較して、
特段、鶏の飼育環境に関心があったり、鶏卵の購入価格が高いということはありませんでした。
つまり、いくら知識を持っていても、自分が興味のない動物の生活には、
関心を向けていないということが考えられました(当たり前と言ったら当たり前なんですけどね)。

では、この後屠体給餌プログラムに参加した、
もしくは動画を視聴した来園者の意識は変化したのか、
3ヶ月後に追加調査を行いました。

その結果、なんと!
屠体給餌プログラムに参加した来園者は、
Youtubeの動画や屠体給餌プログラムを見たことがない来園者よりも、
鶏卵の購入価格が高くなる結果となりました。

つまり、屠体給餌での啓発活動により、産卵鶏の飼育環境に関心を示し、
その結果、鶏卵の購入価格が上昇した可能性が考えられました。

このように、動物の飼育環境に関心がある層に対して、
他の動物の飼育環境に関する知識を提供することで、
来園者の関心の幅を広げることができたと考えられました。

世界動物園水族館協会(WAZA)の発行する「動物福祉戦略」の中では、
「動物園は【動物福祉の専門家】として認知されなければならず、
 また、他の動物飼育施設を支援・助言すべき立場になければならない」
と指針が示されています。
今回の研究結果のように、さまざまな動物の福祉に関する情報を出していくことも
重要な役割であると考えられました。

論文の詳細は、以下のアドレスからダウンロードすることができます
(英語ですが、フリーで読めます)。
https://www.jzar.org/jzar/article/view/755

研究にご協力いただいた皆様、屠体給餌の展示に参加いただいた皆様、
入園直後になぜか突然鶏卵の購入価格を聞いてくる変な飼育員にご協力いただいた皆様、
本当に、ありがとうございました。

Kota Okabe, Ayumi Kawamura, Katsuji Uetake* & Chihiro Kase*. (2024).
Kyoto City Zoo, *Azabu Univercity
Enhancing Japanese visitors’ interest in livestock welfare through zoo carcass feeding activities. Journal of Zoo and Aquarium Research12(2), 112-120.
日本人の家畜福祉に対する関心は低い。本研究では、動物園で2種類の屠体給餌活動を通して、来園者と動物園動物の個人的なつながりを促す教育プログラムを実施することで、来園者の家畜福祉への関心を高めることを目的とした。ジャガーの鶏屠体給餌プログラム参加者(YouTubeTM配信:2021年8月27日、展示:2021年10月13日~11月3日)は、動物福祉に対する意識が高いにもかかわらず、コントロール群に比べて産卵鶏の飼育環境に対する関心が有意に低いことが示された。来場者の動物福祉への関心の対象には明らかな偏りが見られた。展示を見る前にYoutubeの動画を見た参加者は、コントロール群の来園者と有意な差は見られなかった。この時点で、これらのグループ間で卵の購入価格に差は見られなかった。3ヵ月後に実施した事後調査では、屠体給餌経験群は、屠体給餌非経験群と同程度の鶏の飼育環境への関心を示し、卵の購入価格は屠体給餌非経験群よりも有意に高かった。したがって、鶏の福祉に対する関心が維持され、福祉志向の卵が選択された結果、卵の購入価格が高くなったと考えられた。しかし、この研究は回答者の自己申告に基づいているため、回答者の卵購入価格が実際に上昇したかどうかは不明である。屠体給餌の展示は、少なくとも動物園の来園者の家畜福祉に対する関心を広げたと考えられる。鶏の飼育管理に関する知識の提供と、動物への共感を得る実体験が、この変化に効果的であったと考えられる。鶏の福祉に関心を持つ来園者を増やし、卵の購入価格を上げ、最終的に鶏の飼育環境を改善するためには、教育プログラムの継続的な実施が必要であると考えられた。