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2015年5月6日(水)H26年度生き物・学び・研究センターの研究内容報告(概要)
科学研究費補助金
基盤研究(C)
課題番号:26330173
研究代表者:田中正之(生き物・学び・研究センター長/京都大学野生動物研究センター・特任教授)
研究課題名:ニシゴリラにおける比較認知発達科学的研究
平成26年度は,まず京都市動物園に新設されたゴリラ飼育施設(ゴリラのおうち~樹林のすみか~)内に,認知課題学習用の設備を整備した。屋内居室の1つにタッチモニターを収納できるアクリルパネル製の「モニターパネル」を設置し,京都市動物園で飼育されている3個体のニシゴリラに馴致させた。研究対象としたのは,1986年生まれのメス(ゲンキ),2000年生まれのオス(モモタロウ),2011年生まれのオス(ゲンタロウ)の3個体であった。モニターパネルを導入した初日から,子どものゲンタロウの積極的な反応が見られた。課題は,アラビア数字を用いた系列学習課題であり,「1」から昇順に「2」,「3」・・・と画面に提示されたすべての数字に触れられれば,視覚・聴覚のフィードバックに加えて,リンゴ片の食物報酬が得られた。ゲンタロウの学習は順調に進み,平成27年3月時点で1から10までの10個の数字の系列を学習した。また,観察学習と社会的促進により,大人個体のゲンキが26年7月に,モモタロウが27年1月よりタッチモニターへの反応を自発した。これらのゴリラの系列学習に加えて,京都市動物園において先行して行っていたチンパンジー,テナガザル,マンドリルの3種についても同様の系列学習を継続して行い,学習の到達度や学習速度を比較した。ニシゴリラの学習の傾向として,他種と同様に顕著な年齢効果が見られ,子どものうちに学習を開始した個体は,大人で開始したどの個体よりも学習速度が速かった。これらの成果の一部は国内外の学会,シンポジウム等で発表し,現在投稿準備中である。また,京都市動物園で行っている研究を,「知性の展示」として霊長類の高度な知性を来園者に広く知らせるための掲示ポスターを作成し,月例で解説ガイドを行っている。また,本年度はニシゴリラの人工哺育個体の発達と,親への再導入に関する論文を,日本霊長類学会の機関誌「霊長類研究」に公表した。
奨励研究
課題番号:26924005
研究代表者:塩田幸弘(種の保存展示課・獣医師)
研究課題名:アミメキリンにおける代謝プロファイルテストによる繁殖への取組
本研究では,動物園で飼育しているキリンを対象とし,血液・栄養学的データから栄養代謝を評価する代謝プロファイリングを実施し,飼育管理の適正化および繁殖成績の向上を目指すことを目的とした。
個体の栄養状態評価のため,血液データ,体格および給餌している飼料を評価した。血液は,京都市動物園で飼育しているキリン4頭から採取し,データを比較した。体格は,ボディコンディションスコアリング(BCS)により評価した。これらの値を比較することで,個体の正確な栄養状態の評価が可能となった。それらを基礎に,個体毎の給餌内容の見直しを行った。アミメキリンは樹葉を主食とするブラウザー型草食獣に分類される。しかし,これまで樹葉給餌量の推定は困難であり,栄養分析を行った例はほとんど認められなかった。今回,特にこの点に着目し,樹葉の餌としての有用性を確立するため,樹葉重量推定法の確立と樹葉の栄養分析を行った。対象樹種は,日本でキリンに一般的に給餌されている4種(ニセアカシア,シラカシ,トウネズミモチおよびヤマモモ)を対象とした。樹葉重量推定法では,アロメトリー解析により,枝直径から樹葉重量を推定可能となった。これにより,一般的な給餌時の状態である枝に付いた状態で,樹葉重量が推定可能となった。樹葉の栄養分析結果から,樹種毎の栄養特性とその季節変化が明らかとなった。特に,繊維成分や蛋白質組成が牧草と大きく異なることが明らかになった点は,樹葉を利用する上で極めて重要であると言える。これらの結果から,キリンの消化器特性に応じた,適切な樹葉給餌による栄養管理が可能となった。
今後,これらの情報を日本の動物園で共有することで,日本全体のキリンの飼育管理の適正化および繁殖率の向上につながることが期待できる。
奨励研究
課題番号:26924007
研究代表者:髙木直子(種の保存展示課・飼育員)
研究課題名:アミメキリンにおける親子間コミュニケーションおよび繁殖生理の研究
本研究は京都市動物園で飼育しているキリンについて、特に子と母親の関係を中心に2007年から観察を続け、本年度は2013年5月に誕生した子を対象に観察した。目的は授乳行動を中心とした母子関係、性ホルモン測定による発情、妊娠、出産に伴う変化、個体間のコミュニケーション、などを解明することである。対象個体は1999年生まれのオス、2001年生まれのメス、このペアの第1から4子(2007、2009、2011、2013年生まれ)の6頭である。性ホルモン検査においては岐阜大学応用生物科学部の楠田哲士准教授と2006年から共同研究として継続している。母個体の糞中プロゲステロン濃度の測定を行ない、この個体の4回の妊娠・出産・発情回帰、それぞれの発情など繁殖に伴うホルモン値の変化が記録できている。また、キリンがヒトの可聴域以下の低周波でコミュニケーションをとっているといわれているが、どのようなシーンで行われているのか、授乳の際に発しているのではないかという疑問をもったため検証すべく、(株)熊谷組の協力を得て「音カメラ」(音の発生方向・大きさ・周波数が画像上に表示される装置)による現地での調査を行い、のちに声紋分析、周波数分析とともに解析を行った。2011年4月を第1回とし、本年度の2回を含め5回(延べ7日)行った。7日間の調査のうち低周波による音声コミュニケーションの可能性のある音声が2回確認された。
授乳においては4回の出産でほぼ同様の行動パターンが見られた。4個体ともに離乳は、末期に一日1~2回行われていた授乳が0回になった日以降行われず離乳がはっきりしていることが分かった。授乳期は生後2ヶ月くらいまでは子がうまく飲むことができないため子が好きな時に飲めることがあり、母が補助しているが、それ以降は子が求めても母が授乳の時間として認めない限り受け入れず、普段は母の合図で授乳が始まり、母が一方的に終了する「母親主導」の授乳が行われていることがわかった。
京都大学野生動物研究センター
共同利用・共同研究による助成
課題番号: 2014-(計画)2-12
研究代表者:岡部光太(種の保存展示課・畜水産技術者)
研究題目: 飼育下のシセンレッサーパンダの繁殖関連行動の観察
研究内容: レッサーパンダ(Ailurus fulgens)はIUCNレッドリストで,絶滅危惧II類(Vu)に当たる絶滅危惧種である。日本では主にシセン亜種を飼育し,世界の飼育頭数の3/4を占める数がいる。その飼育上の課題として多様な性格があげられ,繁殖時に相性による問題を起こしやすい。繁殖するペア,園館にも偏りがあり,国内の血統に偏りが出始めている。そのため飼育技術の向上、共有を目的として繁殖関連行動の観察を行うことを目的とした。
個体は京都市動物園で飼育する,オス3個体,メス2個体を供試した。交尾に至るまでの経過を,繁殖用のオス1頭,メス2頭で観察した。繁殖期に当たる2013年12月から2014年2月まで及び2014年12月から2015年3月に同居を行い,交尾までの経過を観察した。2013年度には,オスはそれぞれのメスに応じて行動を変化させており,オスの逃避行動の頻度及びメスからの闘争行動の頻度に差が見られた。また2014年度は2013年度に比べ,交尾当日,交尾に至るまでの時間がかなり短縮され,オスの経験が影響をしているように考えられた。
2014年6月19日及び6月24日にそれぞれのメスに出産が確認された。出産1例は,産後3日で子が死亡した。両メスともに,約1時間ごとに授乳と思われる行動が観察されたが,授乳体勢について違いが見られた。
もう1例は順調に生育していたが,産後1ヶ月で親が体調不良になり,出産した2頭の子のうち1頭が死亡した。残りの1頭を人工哺育に切り替え,生育した。
その後,人工保育個体を繁殖に結び付けていくため,他の個体との同居を進めた。同居した個体は,老齢オス個体1頭と親個体である。老齢個体との同居時には,子からの闘争行動が見られたが,その後あまり見られなくなった。親個体とは,親個体からの闘争行動により,子からの接近は減少し,距離を置いて行動するようになった。
課題番号: 2014-(計画)2-17
研究代表者:三家詩織(種の保存展示課・嘱託職員)
研究題目: 飼育下ニシゴリラ乳児の社会的発達
研究内容: ゴリラは現在、国内に25個体しかおらず、日本動物園水族館協会(JAZA)から2030年にはわずか6個体になってしまうという厳しい予測も立てられている。そのような事態になることを防ぎ、飼育下の個体数を維持するためには、この動物への理解を深め、健全な成長や繁殖に適した環境を整えていくことが重要である。
京都市動物園には、モモタロウ(2000年7月3日生まれ)、ゲンキ(1986年6月24日生まれ)、ゲンタロウ(2011年12月21日生まれ)と、3個体のニシゴリラが飼育展示されている。ゲンタロウは人工哺育で育てられ、母親個体(ゲンキ)・父親個体(モモタロウ)との同居が成功した個体である。本研究では、このゲンタロウを主な対象個体とし、ニシゴリラ乳児の心の発達の過程を捉えること、さらに適切な発達に必要となる環境要因を検討することを目的として観察をおこなった。
対象個体を含む全個体は、通常展示時間が終了する午後5時前後から翌日の午前9時前後までは必ず屋内の寝室へ収容される。誕生時から人工哺育期間を経て両親との同居後約1年間(2013年12月24日まで)は旧ゴリラ舎屋内監視カメラの映像が消灯後の夜間も含めて保存されている。今回、この映像を見直し、屋内収容中の対象個体の行動と位置、そばに居る個体の分析をおこなった。また、各個体の状態を知る手がかりとして日々の飼育管理日誌の記録を用いたところ、対象個体を含む全個体が2014年4月14日、15日に新しく完成したゴリラ舎に移動してからは、特に父親個体の行動に変化があり、対象個体との好意的な関わりが以前の施設にいた時と比較して減少する傾向が見られたが、2014年9月には再び頻繁に社会的な遊びを通して関わる様子が見られるようになった。今後の計画としては、新しいゴリラ舎に消灯後の撮影が可能となる赤外線対応ビデオカメラを設置し、夜間における対象個体と母親個体の行動と関わりの様子を以前の施設での場合と比較したいと考えている。
課題番号: 2014-(計画)2-19
研究代表者:佐々木智子(種の保存展示課・畜水産技術者)
研究題目: フンボルトペンギンの転卵時の卵の温度と角度の計測および親鳥の行動について
研究内容: 飼育下フンボルトペンギンの抱卵中の行動および卵の状態を知るため,2014年4月9日から同年5月3日までの25日間、抱卵中の1ペアに温度・加速度データロガーを挿入した擬卵を抱卵させ,卵温度および角度を測定し,巣内の録画を行った。卵温度は平均34.6℃,最高36.9℃,最低20.1℃であった。卵の平均温度はオスとメスで有意差があり,メスのほうが低かった。これは,メスのほうが頻繁に立ち上がる,もしくは抱卵を中断することが原因と思われる。
また給餌時に抱卵個体が卵を離れて巣から出ること(抱卵中断)が度々あり,卵への影響が懸念されたため,抱卵中断について観察した。合計72回の抱卵中断のうち採餌時のものは24回と少なく,抱卵中断の原因は採餌だけではないことが示唆された。しかし,抱卵中断開始時の卵温度の平均は33.35℃で,抱卵期間全体の卵温度の平均よりも低いことから, 放冷のために抱卵中断を行っているとも言い難く、他にも要因があると思われる。また,抱卵中は転卵の他に,立ち上がり,羽づくろい,排泄といった,卵が動く要因となる様々な行動が観察され,意図的な転卵よりも,その他の行動でより大きく卵が動くこともあったため,ペンギンが意図しているか否かに関わらず卵が±20°以上動いたものを今回は転卵と定義した。転卵の間隔は,1分未満から8時間54分,転卵回数は923回であった。日中(6時から18時台)と夜間(19時から5時台)では,オスメスともに日中の転卵頻度が高かった。また,温度帯ごとの転卵頻度が日中と夜間で似たような変化をしており,卵温度を感じて転卵している可能性も考えられた。日ごとの転卵回数は異なるものの,25日間を通しての回数の著しい変化は見られなかった。このことは抱卵初期・中期・後期で転卵頻度が異なるという先行研究と一致しないが,本来の抱卵期間を過ぎているため,当然の結果と言える。今後は,できるだけ実際の抱卵期間中のデータを収集したい。