京都市動物園における研究成果(2020年度)研究成果・業績

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2020年度の成果発表をまとめました。(2021年3月8日更新)

論文

国内外学術誌に論文を発表しました。

[NEW!]

赤外線測距センサデータに基づく飼育下チンパンジーの局所的な行動の分類の試行.

吉田 信明,山梨 裕美,人長 果月. (2021) 研究報告ヒューマンコンピュータインタラクション(HCI).19号. pp1-8.
https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/index.php?active_action=repository_view_main_item_detail&page_id=13&block_id=8&item_id=209327&item_no=1

近年,動物園では,飼育動物の福祉と健康の向上を目的として,各動物種に特有の行動を引き出せるように飼育環境に変化と工夫を施す「環境エンリッチメント」の取り組みが行われている.現在,このような取り組みの多くは,ロープやパイプなどの簡易な素材を組み合わせて実現されているが,変化が少なく動物が飽きてしまうなど課題も多い.センサや映像,通信技術の普及により,環境エンリッチメントに視覚的変化を持たせる有効な手段として,インタラクティブな映像の利用が考えられるが,技術面を含む種々の課題のため,その検討は十分になされているとはいえない.このような背景の下,京都市動物園では,2020 年 3 月 21 日から 29 日まで,映像を活用した環境エンリッチメントの実験を公開で行った.実験では,野生の森をイメージした,インタラクティブなプロジェクションマッピング作品を制作してチンパンジー展示室内の壁面・床面に投影し,飼育個体の反応を調べた.チンパンジーたちは,壁に接近したり,ブイに触れたりすることで,映像を変化させることができた.このようなインタラクションを実現するため,展示室内には複数種のセンサを設置した.壁近くの天井には,チンパンジーの接近を検出するため赤外線測距センサを床に向けて複数設置し,その測定値とあらかじめ設定した閾値を比較した.このようなセンサの時系列データは,行動等のより詳細な情報を含んでいると期待される.そこで,実験終了後,今回の実験で得られた赤外線測距センサの時系列データから,センサ設置箇所周辺での局所的な行動の観察データへの,教師あり機械学習による分類を試行した.その結果,一定の精度のデータが抽出された.このことは,このようなセンサを用いた,より複雑なインタラクションを持つ環境エンリッチメントの実現可能性を示唆している.さらに,動物福祉の基礎となる精度の高い行動観察データの収集の自動化にもつながると期待される.

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Yamanashi, Y, Nemoto, K, Alejandro, J. Social relationships among captive male pygmy slow lorises  (Nycticebus pygmaeus): Is forming male same‐sex pairs a feasible management strategy? Am J Primatol. 2021;e23233. https://doi.org/10.1002/ajp
.23233

ピグミースローロリスのオスの社会関係:スローロリスの持つ社会的な欲求と社会管理への示唆

山梨 裕美,根本 慧,ホスエ アレハンドロ

【要旨」夜行性のスローロリスの社会行動に関してはほとんどわかっていません。過去には単独性と思われていたこともありましたが,近年では野生での成熟オスと成熟メスのホームレンジが重なっていて,親和的な関係性を持っていることなどが示されています。ただし,同性の成熟個体同士は排他的なホームレンジを築いていることが多く,その社会関係はわかっていません。公益財団法人日本モンキーセンターでは2016年に空港などで摘発されたピグミー(レッサー)スローロリスの飼育環境改善及び環境教育・研究拠点のために,スローロリス保全センターを職員及び研究者の手で設立しました。その中で,16個体(オス10個体,メス6個体)を対象に,同性のペアを作り,社会関係の構築過程について調査を行いました。すべての個体は成熟個体で5歳以上でした。2016年から2018年にかけて8つの組み合わせで試したのちに,5つのオスペアが形成しました。オスペアは,初期にはケンカが観察されたが10日ほどで収束しました。オスメスペア・メス同士はケンカもほとんど観察されず,初日から高いレベルでの親和行動が観察されました(図)。初期には性による違いが顕著だったが,最終的にはオスペアでもメスペアでも,グルーミングや遊び,夜間の寝場所の共有といった社会交渉が観察され,攻撃交渉はほとんど観察されなくなりました。寝場所の共有については,偶然よりも高い確率で観察され,寒さとの関連も見いだせませんでした。さらに,2組のオスペアで糞中グルココルチコイド代謝産物濃度の変化を評価したところ,同居によりストレスが長期的に増加することはありませんでした。1ペアでは,同居前よりも有意にストレスレベルが減少しました。以上の結果から,ピグミースローロリスは仲間と関わる欲求を持っており,同性の成熟個体であっても親和的な社会関係を築くことが示されました。オス同士のペアは初期にはケンカも観察されることから,理想的な選択肢ではないかもしれませんが,最終的に築く親和的な関係性を考えると,余剰個体の問題などを解消する社会管理手法のひとつとなりうると考えています。

詳細な日本語解説はこちらへ(外部サイトへのリンクです。)

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狩野 文浩, 佐藤 侑太郎, 山梨 裕美, チンパンジーはどのように動画をみるか:京都市動物園におけるアート×サイエンスの試み, 動物心理学研究, 論文ID 71.1.1, [早期公開] 公開日 2021/01/14, https://doi.org/10.2502/janip.71.1.1, https://www.jstage.jst.go.jp/article/janip/advpub/0/advpub_71.1.1/_article/-char/ja

※ KYOTO STEAM – 世界文化交流祭-の成果の一部です。

本論文は2019年に京都市動物園で開催された、アーティストと霊長類の研究者が企画したユニークなアートとサイエンスのコラボレーションプロジェクトを紹介するものである。このプロジェクトの目的は、プロのアーティストが制作した映像に対してチンパンジーと人がどのように反応するかを評価することと、研究の全過程を一般の人々に見せることで、動物園の研究のアウトリーチとして貢献することであった。アーティストに「チンパンジーのための」短い映像を作ってもらい、その映像をチンパンジーとヒトの参加者に見せ、参加者の目の動きをアイトラッカーで測定した。チンパンジーもヒトも、動物の姿、行動の対象、抽象的な同心円状の図形の中心など、映画の主要な要素を見た。また、ヒトは画面の中心を中心に視線を保つ「中心バイアス」が強いのに対し、チンパンジーでは中心バイアスが少ないなどの違いも見られた。この研究は、チンパンジーとヒトの(芸術的な)映像に対する反応についての比較知識を提供しただけでなく、科学者ではない人たちがアウトリーチプロジェクトを通じて比較認知科学を学ぶことができることを示した。

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Pokharel SS, Yoneda H, Yanagi M, Sukumar R, Kinoshita K. 2021. The tail-tale of
stress: an exploratory analysis of cortisol levels in the tail-hair of captive Asian elephants. PeerJ 9:e10445 https://doi.org/10.7717/peerj.10445
https://peerj.com/articles/10445/

ゾウのしっぽの毛が語るストレス:ゾウの尾の毛からのコルチゾル測定の試み

サンジータ ポカレル,米田 弘樹,楊木 萌,ラマン スクマール,木下 こづえ.

【要旨】コルチゾールなどのバイオマーカーを測定して生理状態を評価することは、動物健康・福祉のモニタリングに大きく貢献している。毛中のコルチゾール(hC)は、様々な野生動物や飼育動物の過去のストレス状態を推定するために広く利用されてきた。しかし、ゾウのではそのような研究は行われていなかった。本研究では、日本の2つの動物園で飼育されているアジアゾウ6頭の尾毛サンプルを用いて、尾毛成長率(TGR)および尾毛中のhC濃度を評価し、hC濃度と動物園の飼育記録との比較を行った。尾毛サンプルを月ごとの成長率に基づいてセグメントに切り分け、粉砕または細かく切り、酵素免疫測定法を用いてhC濃度を測定した。全個体のhCレベルを飼育員の記録と比較したところ高hCレベルのほとんどは ストレス または 病気(貧血、疝痛感染、皮膚感染など),心理社会的要因(運動場に入るのを嫌がる、新規個体の存在)、およびその他飼育管理に関連した要因と対応していた。こうした結果から,尾毛が生理的な健康状態の回顧的なカレンダーとして利用できる可能性を示唆した。

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Genetic Diversity and Genetic Structure of the Wild Tsushima Leopard Cat from Genome-Wide Analysis
Hideyuki Ito,Nobuyoshi Nakajima,Manabu Onuma, Miho Murayama Animals 2020, 10(8), 1375; https://doi.org/10.3390/ani10081375

ゲノムワイド解析から見た野生ツシマヤマネコの遺伝的多様性と遺伝構造

【要旨】ツシマヤマネコ(Prionailurus bengalensis euptilurus)は、日本の対馬に生息するアムールヤマネコの地域個体群であり、絶滅の危機に瀕している。個体数が少ないことから遺伝的管理が重要である。我々は、ドラフトゲノムを作成し、GRAS-Di法によるジェノタイピングを用いて一塩基多型(SNP)マーカーの探索を行った。SNPは3つのジェノタイピング法(新規マッピングde novo、ツシマヤマネコドラフトゲノムへのマッピング、家畜ネコゲノムへのマッピング)を用いて解析した。ツシマヤマネコの遺伝的多様性と遺伝的構造を調べた。ゲノムサイズは約2.435Gbであった。確認されたSNP数は133-158であった。これらのマーカーの解析能力は、個体および親系統の同定に十分であった。これらのSNPは、ツシマヤマネコの生活やペアリングについての有用な情報を提供し、域外保全において遺伝的多様性を保全するためのファウンダーの導入に役立つ可能性がある。また、ツシマヤマネコの亜集団が存在しないことを同定した。保全単位を同定することで、保全に向けた取り組みを集中的に行うことが可能となる。さらに、SNPは他地域のベンガルヤマネコの解析にも応用できるため、個体群間の比較や他の小個体群の保全にも有用である。

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ニホンザルにおける野生個体由来DNAのメチル化解析による年齢推定

中野勝光、井上‐村山美穂、鈴木崇文、伊藤英之、玉木敬二 2020、DNA多型 28(1):22-25

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アムールトラの環境エンリッチメントに関わる行動レパートリー調査 -目的が異なる行動観察との両立の試み-
掲載雑誌:動物園水族館雑誌 岡部光太・岡桃子 動物園水族館雑誌 第62巻第2号

【要旨】環境エンリッチメントを行う際に,対象動物の行動レパートリーを把握することは有用である.本研究は,他の研究目的でアムールトラの観察を行う学生から得た静止画及び動画を活用し,行動レパートリー調査を試みた.結果,環境エンリッチメントに関わる行動を複数確認できた.また記録した遊具等のアイテム種数と行動レパートリー数に有意な正の相関があり,既存の行動観察手法で得た「種特異的な行動の増加」と関連が考えられた.
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飼育チンパンジーのベッド作り行動の発達

Yamanashi, Y.; Bando, H.; Matsunaga, M.; Tanaka, M.; Nogami, E.; Hirata, S., Development of bed-building behaviors in captive chimpanzees (Pan troglodytes): Implication for critical period hypothesis and captive management. Primates 2020.

こちらから全文見ていただけます。

【要旨】野生の大型類人猿は睡眠のために枝やその他植物を組み合わせてベッドを作る。しかし彼らがこの行動をどのように習得するのかはわかっていない。今回,飼育したのチンパンジーを対象とした横断的・縦断的な調査を通してチンパンジーのベッド作り行動の発達の過程を調べることにした。まず最初に,59個体のチンパンジー(京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリと京都市動物園)を対象として,ベッド作りにかかわる行動を記述して分類した。次に,京都市動物園の個体の3年にわたる夜間観察を通して,行動の変化を記録した。結果として,すべてのチンパンジーがなんらかのベッド作りにかかわる行動を行っていたが,そのテクニックに関しては個体の来歴(野生由来・母親保育・人工保育)によって差があった。野生由来の個体は,飼育下生まれの個体と比べてより洗練されたテクニックをもっていた。また,京都市動物園の幼い個体を対象とした縦断的研究から,初期には単純なテクニックしか見られないものの,3歳ころから野生由来の母親に見られるような複雑な行動がみられるようになった。おとなのチンパンジーは,野生由来の個体がベッドを作るのを見たり,複雑なベッドを作るようになることはなかった。これらの結果から,飼育チンパンジーにおいて,幼少期の適切な機会を提供することがベッド作り技術の継承につながることが示唆された。

その他雑誌への執筆———————————————————————————————————

Providing the Best Possible Care –Kyoto City Zoo’s Animal Welfare Strategy (よりよい飼育環境を目指して-京都市動物園の動物福祉の指針)p24-16.世界動物園水族館協会(WAZA)のウェブマガジンに,京都市動物園の動物福祉に関する取組を紹介しています。

「チンパンジーとゴリラにおける文化的行動の伝播‐京都市動物園の「お勉強」の文化を次代へと受け渡す」(連載:ちびっこチンパンジーから広がる世界)
田中正之(2020) 科学 90(7)223-224.

「チンパンジーと映像の森」(連載:ちびっこチンパンジーから広がる世界)
山梨裕美,人長果月,山本恵子 (2020) 科学 90(6) 222-223.


「仲間と育つ。仲間から学ぶ。」田中正之(2021) モンキー 5巻4号

「チンパンジーは映像の森を楽しむか」山梨裕美(2020)モンキー 5巻3号

「キリンの夜」山梨裕美,高木直子,斎藤美保 (2020) モンキー 5巻2号

「ゴリラの家族の中でそだつということ」 安井早紀 (2020) モンキー 5巻1号 20-21.

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京都市動物園の取り組みを紹介する本が出版されました!
『いのちをつなぐ動物園 ~生まれてから死ぬまで,動物の暮らしをサポートする~』
京都市動物園生き物・学び・研究センター(編), 発行:小さ子社, 176ページ,1980円(税込)

小さ子社ホームページについてこちら>(外部サイトへのリンクです)
<ニュース>京都市動物園の取り組みを紹介する本の出版について

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学会発表

1. 高木直子(2020) キリンの飼育管理、いまむかし.飼育野生動物栄養研究会(11月14-15日,中部大学, 招待講演)

2. 山梨裕美,Tungga Dewi,伊藤二三夫,岩橋宣明,荒蒔祐輔,佐藤良,西野雅之,早川卓志,土田さやか,牛田一成(2020)動物園のピグミースローロリスにおける採食内容の見直しとその評価. 飼育野生動物栄養研究会(11月14-15日,中部大学, 口頭発表)

3. 八代田真人,塩田幸弘,星野智,河村あゆみ,田中正之(2020) ブラウザーへの樹葉の給餌:重量の推定と栄養含量の特徴. 飼育野生動物栄養研究会(11月14-15日,中部大学, 口頭発表)

4. Makoto Wakazono,Yumi Yamanashi,Sumie Iwasaki,Kazuo Fujita,Masayuki Tanaka,Hika Kuroshima (2020) Information seeking behavior in a giraffe (Giraffa camelopardalis) キリンにおける情報希求行動について. 動物心理学会2020年大会(11月20-21日,オンライン大会,口頭発表)

5. Sholihin Nafar, Masayuki Tanaka, Shozo Shibata (2020) Study of Zoo Animals and Exhibit Elements Based on Visitor Preference at Kyoto City Zoo.Kyoto University International ONLINE Symposium 2020 on Education and Research in Global Environmental Studies in Asia (11月30日-12月1日,オンライン大会,口頭発表)

6. 山梨裕美,根本慧,ホスエアレハンドロ(2020) ピグミースローロリスのオス同士の社会関係:オス同士の同居時の行動及
び生理学的ストレスレベルの変化.第36回日本霊長類学会大会(12月4-6日,オンライン大会,口頭発表)

7. 櫻庭陽子,近藤裕治,長野太輔,福原真治,足立幾磨,林美里(2020) 身体障害を伴うチンパンジーに対する群れメンバーの行動:縦断的・横断的比較. 第36回日本霊長類学会大会(12月4-6日,オンライン大会,ポスター発表)

8. 山梨裕美,徳山奈帆子,赤見理恵(2020) 絶滅危惧種の違法取引と大型類人猿のエンターテイメント利用に、専門家とし
てどう向き合うか(12月4-6日,オンライン大会,自由集会)

9. Josue Alejandro Pastrana, Kei Nemoto, Ryoga Dosho, Michael Huffman, Yumi Yamanashi (2020) Behavioral and physiological changes in the formation of all-female groups of pygmy lorises (Nycticebus pygmaeus). ISAE Virtual Conference (8月6-7日,オンライン大会,口頭発表)

10. 山梨裕美,人長果月,吉田信明,増田初希,佐藤侑太郎,狩野文浩,一方井祐子,坂本英房 (2021) チンパンジーは映像の森を楽しむか? Do chimpanzees enjoy a virtual forest?. 第65回プリマーテス研究会. (3月6日,犬山)

11. 櫻庭陽子,山田信宏,高塩純一,高橋一郎,川上文人,竹下秀子,林美里,友永雅己 (2021) 脳性まひチンパンジーへの療育活動の評価と課題~子ども期から思春期直前まで. 第65回プリマーテス研究会. (3月6日,犬山)

12. 山梨裕美. (2021) チンパンジーのpositive emotionを引き出す新たな試みの紹介. 動物の行動と管理学会 勉強会「動物の情動について考える」. (3月25日,オンライン)

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